DNAという名称は、デオキシリボ核酸という物質名に由来する。核酸?酸性なの?って思ったことありませんか。また、DNAはその構成成分として塩基をもつ。塩基?ということは塩基性?そんな疑問について考えましょう。
酸と塩基
まずは、酸と塩基について、高校化学の復習をしましょう。
酸と塩基には、3つの定義がある。
- アレニウスの定義
水溶液中で水素イオンH+を放出するのが酸水溶液中で水酸化物イオンOH–を放出するのが塩基
おそらく最も馴染みのある定義でしょう。塩酸(HCl)は水溶液中で電離してH+とCl–になり、H+を放出しているので酸、水酸化ナトリウム(NaOH)は水溶液中で電離してNa+とOH–になり、OH–を放出しているので塩基ということになる。 - ブレンステッドの定義
H+を放出するのが酸H+を受け取るのが塩基
こちらはH+のみで定義し、水溶液以外にも対応しています。例えば、上記の塩酸(HCl)はH+を放出しているので酸でよい。アンモニア(NH3)はH+を受け取ってアンモニウムイオン(NH4+)となるので塩基ということになる。 - ルイスの定義
電子対を受け取るのが酸電子対を供給するのが塩基
こちらは非共有電子対を使って定義する。上記のアンモニア(NH3)の場合、Nには非共有電子対が1組ある。ここには電子軌道が空っぽのH+が配位結合できるため、アンモニウムイオン(NH4+)となるのである。したがって、ルイスの定義でもアンモニアは塩基ということになる。
ちなみに、H+は水分子(H2O)から供与されるため、結果としてOH–が残る。よって、塩基性となるのである。
デオキシリボ核酸
1869年にフリードリッヒ・ミーシャーは、包帯についた膿(たくさんのリンパ球を含む)から細胞の核を単離し、そこに含まれる新しい生命物質を『ヌクレイン』と命名した。ヌクレインは核酸とタンパク質の混合物であり、1889年に弟子のリヒャルト・アルトマンはこのヌクレインからタンパク質を取り除き、残った物質を核酸と命名した。細胞核に含まれる酸性物質ということである。
核酸にはDNAとRNAの2種類があり、どちらも塩基と糖とリン酸により構成される。
ん?リン酸?
そうなんです。核酸が酸である所以はリン酸にあるんです。糖-リン酸骨格に含まれるリン酸にはOH基が1つあり、ここに含まれるH+が放出されるためDNA(核酸)は酸であり、マイナスの電荷をもつのである。
上の図にpKaとあるが、これは酸解離定数という。酸には、[AH]の状態と[A]+[H+]の状態がある。pKaは、50%の分子が[A]+[H+]の状態に電離するときのpHを表し、pHがpKaより大きいときは[A]+[H+]の状態に反応が進み、pHがpKaより小さいときは[AH]の状態に反応が進む。したがって、糖-リン酸骨格(ホストジエステル結合)中のリン酸のpKaは1に近いため、中性(生理的)条件では常にH+を放出してマイナスの電荷をもっていることになる。つまり、DNAの溶液は酸性側に傾くことになる。
窒素塩基
さて次は、塩基の話である。
DNAの塩基は窒素塩基(あるいは含窒素塩基)ともいわれる。窒素を含み、窒素原子上の非共有電子対がH+を受け取るため、塩基であるということになる。
結局、DNAは酸性の性質を示すリン酸と塩基性の性質を示す塩基の両方をもつことになる。では、DNA分子全体で見るとどうなのでしょう。上記のとおり、糖-リン酸骨格中のリン酸のpKaは1に近く、中性条件では常に電離して酸性の性質を示す。一方、DNAの塩基がH+を受け取る反応のpKaは、2’-デオキシヌクレオシド 5’-一リン酸において、アデニンの1位のNが4.4、グアニンの7位のNが2.9、シトシンの3位のNが4.6である。つまり、pHが5以下にならないとDNAの塩基はH+を受け取らない。したがって、中性(生理的)条件ではDNAの塩基はH+を受け取らないため、溶液を塩基性側に傾けるような効果はないと思われる。
※ pKaは、下記の文献より2’-デオキシヌクレオシド 5’-一リン酸のpKaを参考にした。
Dawson, R.M.C. et al., (1959) Data for Biochemical Research, Oxford, Clarendon Press