私たちの体は、細菌やウイルス等の病原体から身を守るために、免疫というシステムをもっている。この免疫システムにおいて、病原体や異物(抗原)の刺激により生体内に作られ、抗原と特異的に結合するタンパク質が抗体である。私たちの体には、抗原による刺激がなくてもすでに1012種類以上のさまざまな抗体がすでに備わっており、ほぼどんな抗原に対しても対応できるようになっている。どのようにしてこのような多様性が生まれるのか、ちょっと解説しよう。
抗体分子の構造
抗体の実態は、免疫グロブリン(Ig)であり、私たち哺乳類には5つのクラスのIg(IgA, IgD, IgE, IgG, IgM)が存在する。抗体分子は、4本のポリペプチド鎖、すなわち同一のL鎖2本と同一のH鎖2本で構成されており、下図のようなY字型の構造をとる。
H鎖とL鎖はともに、N末端領域のアミノ酸配列はバラバラで、抗体の可変領域を構成する。H鎖の可変領域(VH)とL鎖の可変領域(VL)が抗原結合部位を形成する。それに対してC末端領域(CLとCH1~3)のアミノ酸配列はよく保存されており、定常領域を構成する。一方、H鎖のC末端部分がY字型の抗体の尾部を作っており、補体の活性化や食細胞の受容体タンパク質への結合など、様々な機能に関与する。
この可変領域の多様性が抗体の多様性の正体だが、その中でもとくに多様性に富むのが3つの小さな超可変領域(相補性決定領域:CDR1~3)であり、この領域の5〜10アミノ酸の短い配列が抗原の特異性を決定することなる。
遺伝子の再編成
ヒトのゲノム中に含まれる遺伝子の数は、約22,000個である。なのに、抗原による刺激を受ける前でさえ1012種類もの抗体のレパートリーをもつ。いったいどのような仕組みで、このような抗体の多様性を生み出すのだろうか。答えは、以外とシンプルである。抗原による刺激を受ける前、B細胞が分化する課程では、DNA中の離れた断片を組み合わせて連結させることによって、抗体のレパートリーを増やす。抗原による刺激を受けた後には、抗原結合部位の親和性をさらに増す変異の導入により、さらにレパートリーが増加する。
高等脊椎動物には2種類のL鎖、すなわちκL鎖とλL鎖がある。H鎖、κL鎖、λL鎖の遺伝子座には、それぞれ可変領域をつくる多数の断片と、定常領域をつくる1個か数個の断片が含まれる。ヒトのH鎖の遺伝子座では、40個のV遺伝子断片(VH1~40)のうちの1つと、23個のD遺伝子断片(DH1~23)のうちの1つと、6個のJ遺伝子断片(JH1~6)のうちの1つがランダムに連結されて、5520種類(40×23×6)のVHができる。同様に、κL鎖の遺伝子座では35個のV遺伝子断片(Vκ1~35)と5個のJ遺伝子断片(Jκ1~5)が連結されて175種類(35×5)、λL鎖の遺伝子座では30個のV遺伝子断片(Vλ1~30)と4個のJ遺伝子断片(Jλ1~4)が連結されて120種類(30×4)のκLとλLがそれぞれできる。したがって、計5520種類のH鎖と計295種類のL鎖を組み合わせて、1.5×106通りの可変領域ができることになる。(※ 各VDJ断片の数は文献によっても少し違うので、注意)
連結に伴う多様性
抗体の多様性は、VDJの組み合わせだけではない。VDJが連結される際に、塩基がいくつか挿入あるいは欠失することがある。この『連結に伴う多様化(Junctional diversification)』により、多様性はさらに増す。しかも、H鎖の超可変領域CDR3には、V-DとD-Jの両方のJunctionが含まれるため、とりわけCDR3でとてつもなく多様性は増大する(108倍にもなるらしい)。L鎖でも同様に、CDR3にはV-JのJunctionが含まれるので、CDR3の多様性は増大する。しかし、この塩基挿入・欠失により遺伝情報の読み枠がずれてしまうリスクもあり、そのような場合B細胞は抗体分子を作れずに死んでしまう。
親和性の成熟と体細胞超変異
抗原による刺激を受けると、その抗原に対してつくられる抗体の親和性はしだいに増加する(親和性の成熟:affinity maturation)。この親和性の成熟は、H鎖とL鎖の両方の可変領域に高頻度に点変異を導入することによって起こる(体細胞超変異)という。体細胞超変異は、活性化したB細胞特異的に発現する活性化誘導デアミナーゼ(AID)によって引き起こされる。AIDは、転写のプロセスで一本鎖となったDNA中のシトシン(C)を脱アミノ化してウラシル(U)に変換する酵素である。このシトシンの脱アミノ化により、DNA中にはU-Gペアができてしまい、これが修復される経路に応じてさまざまな変異が生じるらしい。この超体細胞変異によって実際に親和性が増すのはごくわずかだが、抗原により親和性の増加したB細胞が選択的に刺激され、増殖していくのである。