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酵素の指向性進化

2018年のノーベル化学賞は、「酵素の指向性進化法」の確立によりFrances H. Arnold博士が、「ペプチドと抗体のファージディスプレイ法」の確立によりGeorge P. Smith博士とGregory P. Winter博士が受賞しました。この受賞について解説する機会があり、図もたくさん作ったので、まずは「酵素の指向性進化法」から紹介しましょう。

指向性進化とは

地球上に最初の生命が誕生して以来、38億年かけて現存の生物たちは進化してきた。その進化の過程では、DNAがもつ遺伝情報にランダムな突然変異が生じ、これが生育環境等の条件により『自然選択』を受け、その環境に適したものが残る。つまり、現存の生物がもつタンパク質・酵素は、38億年かけて進化してきた最高傑作といっても過言ではないだろう。

さて人類は、この酵素を工業分野に応用しようと考え、人工的な条件でも効果的にはたらくようタンパク質工学の手法に基づいて酵素を進化させようとした。しかし、Arnold博士はそこに自然の進化のしくみを導入し、効果的に酵素を進化させたのである。

指向性進化法の流れ

この指向性進化の作業工程は、以下の通りである。進化のスタートとなる酵素を決定し、その遺伝子にランダムな突然変異を導入し、DNA配列のライブラリーを作製する。この突然変異をもつ遺伝子を細菌に導入し、細菌にランダムな突然変異をもつ酵素を作らせる。そのとき、目的の機能・効率をもつ酵素をもった細菌が生存できるよう選択圧をかけ、残った酵素機能・効率をテストする。そして、選択された酵素の遺伝子に、さらにランダムな突然変異を導入し、次のラウンドの選択を行う。しかも、ラウンドごとに選択圧を厳しくしていけば、効率よく目的の機能をもった酵素の遺伝子を単離できるのである。

ランダムな突然変異の導入方法としては、PCR法が用いられた(PCR法については別ページで紹介したい)。PCR法は、現在の生命科学研究では欠かせない技術である。このPCRに使われる酵素が、イエローストーン国立公園の温泉中に生息するThermus aquaticus YT1という好熱性真正細菌から単離されたTaq DNAポリメラーゼである。この酵素自体のDNA合成の正確性は低く、1 kbのDNA断片を20サイクルPCR増幅すると、33〜98%増幅産物が突然変異をもつという報告もある。この正確性の低さを利用するのが、いわゆるError-prone PCRである。

この手法を利用して、Arnold博士はsubtilisin Eというタンパク質分解酵素を、人工的な環境下(高濃度の極性有機溶媒存在下)でも活性を示すよう進化させた(1)。ランダムな突然変異により得られた4つの変異体を組み合わせて4Mをという酵素を作製し、さらにジメチルホルムアミド(DMF)存在下での3ラウンドの指向性進化を行った。選択基準は、牛乳タンパク質のカゼインの加水分解である。活性のある酵素バリアントは、細菌から分泌されて寒天プレート中のカゼインを分解するため、寒天プレート上で目に見えるハローを形成する。つまり、DMFとカゼインを含む寒天プレート上で、より大きなハローを形成するクローンから遺伝子を単離し、次のラウンドの変異導入に使ったのである。そしてその結果、60% DMF中で野生型よりも256倍高活性、85% DMF中でも野生型の131倍高活性な酵素を得たのである。

Arnold博士は、生物が38億年かけて進化させてきた酵素を試験管内で短期間に進化させたのである。酵素の指向性進化の分野を開拓し、その後の技術開発の出発点となる成果であった。この分野は、新しい化学反応を触媒する酵素の改良に向けてさらに拡大され、化学薬品および製薬産業などの研究にとっても重要なアプリケーションとなったのである。

その他のランダム突然変異導入法

ランダムな突然変異の導入には、Error-prone PCR以外にも方法がある。DNA shufflingは、ランダムに断片化したDNAをお互いがプライマーとなるようPCR反応させ、異なったDNAの間でキメラ遺伝子を得る方法である。1994年にStemmer博士により開発され、βラクタマーゼ(抗生物質耐性遺伝子)の活性を、3サイクルのDNA shufflingと連続的に濃度を高めた抗生物質存在下での選択により、32000倍に向上させた(2)。この手法は、技術的に難易度が高かったが、Arnold博士はこの改変法を開発したのである(3)

さらにもう一つ、Arnold博士により開発されたStEP(Staggered extension process)法(4)を紹介しよう。この手法では、複数種の鋳型DNAと片方のプライマーのみで短いPCRサイクルを繰り返す。つまり、短いサイクルの間に合成された短いDNA鎖が、次のサイクルで別の鋳型DNAとアニーリングすることにより、鋳型となった複数の鎖が効率よくシャッフルされるのである。

このような指向性進化法により、自然界に存在しない新しい機能をもつ酵素(有機溶媒への耐性・熱安定性の向上・新しい化学反応の触媒)の作製が実現され、重金属など環境負荷の大きな触媒を使用しないクリーンな化学反応バイオ燃料の産生など、人類に大きく貢献したというのが、今回のノーベル化学賞の受賞理由である。詳細をもっと知りたい人は、専門的な教科書を読んでください。

参考文献

1) Chen, K. and Arnold, F.H. (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90, 5618-5622
2) Stemmer, W.P. (1994) Nature370, 389-391
3) Zhao, H. and Arnold, F.H. (1997) Nucleic Acids Res.25, 1307-1308
4) Zhao, H., Giver, L., Shao, Z., Affholter, J.A. and Arnold, F.H. (1998) Nat. Biotechnol. 16, 258-261

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